つげ忠男さんとの会談
終始、明るい会談ではなかったが、たがいが置かれている現状について忌憚なく語りながら、けっして安易に「後ろ向き」な回答を出さなかったことはよかったと思っている。それはたがいが自分たちの作業の重要さに気付いているからだ。いま、ぜったいに現実の悲哀に負けるわけにはいかないのだ。その中で忠男さんが提示された、書き下ろし新作を毎回十三、四枚、という選択は現状に対する大きな挑戦への表れだったろう。そう、ご自身の健康状態と時間と経済との応戦。わたしにもそれが忠男さんの現状にとっていかに過酷な作業かは容易に想像がつく。だが、わたしは黙って頷き、頭を下げた。それしか、八方塞がりの現状を打開する方法はないのだから。この期に至っては同情や遠慮は何の役にも立たないしまるで用がない。
終始、重たい会談だったがようやく結論を得て、別れ際の短い雑談。「最近、いろんな人からじぶんの画が明るくなったと言われるんですよ」。照れながら話す忠男さんの表情に微かな笑みが浮かぶ。わたしも笑顔で頷く。振り返れば、兄・つげ義春に比肩する才能を持つ不世出の表現者でありながら、つげ忠男の漫画生活は悪戦苦闘の連続であっただろう。だが、かつての漆黒の筆法を換え、白夜の時代の内側に潜む魑魅魍魎を凝視し描出しようとする近年の筆致は眩しいまでに輝いている。この「闇」をも包む「光度」が眼前の暗雲を軽く振り払ってくれたらいい、そう思った。
