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「中川五郎/ぼくが死んでこの世を去る日」- 制作者ノート -

中川五郎は、高石友也、岡林信康、高田渡等と等しく日本フォークのオリジネイターである。

日本フォークの黎明期・六〇年代に発表された「主婦のブルース」「受験生ブルース」「腰まで泥まみれ」等は、未だ十代だった中川五郎の瑞々しい感性を湛えた名曲である。ボブ・ディラン、ピート・シーガー等、アメリカ反戦フォークを換骨奪胎して、この国に住む生活者の実感に見合ったものに作り換えてしまう手腕はけして並大抵ではない。中川五郎のソング・ライティングの才能なくして、この国のフォークソングが時代を超えたムーヴメントになり得たかどうか。実に心許ないのである。

七〇年代中盤に中川五郎は「二五年目のおっぱい」「また恋をしてしまった僕」の二枚のオリジナルアルバムを発表した。とくに前者は名盤の誉れが高い傑作である。そこには六〇年代の高揚した季節からとおくはなれた等身大の中川五郎がいる。けして居丈高にメッセージしない、水平な世界。最早十代ではない、三十代を目前にした、ちかく父親になろうとしている生身のフォーク・シンガーの内面が何の衒いもなくストレートに描かれている。

中川五郎は十代だったフォークソングが年を重ねて、確実に成熟したことを証明したのである。

八〇年代、中川五郎は著述・翻訳の執筆に多くの時間を割き、唄の世界からは遠ざかっていたようだ。八〇年代半ば頃から、ふたたびライブ活動を再開したものの、ついに八〇年、九〇年を通してオリジナルアルバムのリリースはなかった。かれは三〇代、四〇代の自画像をあらわさなかったのである。

2004年。世紀を跨いでいま。中川五郎は二六年振りにアルバムを発表しようとしている。アルバムタイトルは「ぼくが死んでこの世を去る日」。

久しぶりと言うにはあまりに永いインターバルを措いて、54歳の中川五郎はなにを表現してしようとしているのだろうか。むろん、十代の青春の反抗でもない。三十目前の大人になることへの怯えでもない。率直に言ってこのアルバムを貫く大きなテーマは「死」なのである。それはこのアルバムに収録されている「ぼくの遺書」「わかれ」「眠られぬ夜」そして表題曲をお聴き頂ければ、即座にご理解頂けるだろう。言うまでもないが、誰にとっても「死」は不可避である。しかし、この国のポップスというフィールドのなかで「老い」とか「死」というテーマが正面切って取り上げられたことが果たしてあっただろうか。ほとんど皆無と言っていいのではないだろうか。

いま、中川五郎は、その未踏の領域に毅然と足を踏み入れようとしているのである。それは彼の来し方がそのままこの国のフォーク史になってしまう現実をおもえば、中川五郎にとってこの道は避けては通れぬ一里塚なのかもしれない。けれども、中川五郎の足取りはけして重たくならない。むしろ、足取り軽やかに五十代の青春を謳歌しているかのようだ。そこに中川五郎のあらたな決意を読むのは穿ちすぎだろうか。

2004年3月 オフノート 神谷一義

by masaru0801 | 2004-04-25 18:25