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初代桜川唯丸江州音頭講座「モノガタリ宇宙の会」第三回公開講座

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初代桜川唯丸江州音頭講座
「モノガタリ宇宙の会」第三回公開講座

エ~皆様頼みます、永い浮世に短い命、
始末始末で金貯めて財産税に取られるよりも、
エンドルフィンをば全開させて江州音頭をキメまくる! 
あぁ、これがこの世の極楽じゃ~!!
初代桜川唯丸によるアナーキー江州音頭講座、
世界に先駆けて、花のお江戸の東京でついに開講!!!

講師:初代 桜川唯丸(江州音頭)

ゲスト:岡田則夫(巷間芸能研究&SP蒐集家)

戦前の江州音頭&大衆芸能のSPレコードを聴きながらの音頭談議。

2015年7月18日(土曜日)19:00-

高円寺 円盤 TEL/FAX 03-5306-2937
杉並区高円寺南3-59-11五麟館ビル2F
JR「高円寺駅」南口を出て右(三鷹方面)線路沿い真っ直。
大将2号店を過ぎて漢方薬屋の隣。

2000円(1ドリンク付)

主催 初代桜川唯丸会東京事務局
TEL 03-5660-6498(オフノート)


[講師プロフィール]

初代 桜川唯丸(さくらがわ・ただまる)

1938年
大阪府寝屋川市生まれ。
1948年(昭和23年)
9歳の時、二代目桜川房丸に弟子入り。
翌年8月
寝屋川市太秦の櫓で初櫓(デビュー)。

[修業時代]
1950年(昭和25年)
初代房丸が師事した大倉壽賀義の耳障りの良い節(音頭)に深く影響を受ける。古老たちから北河内の伝承河内音頭を学び、さらに研鑽に励む。近江源五郎の浪曲の節を巧みに取り入れた「浪曲江州音頭」に深い感銘を受ける。「バナナの叩き売り」に代表される啖呵売の口上を研究。「早熟の音頭青年」として二〇代の頃より頭角をあらわすが、「どうしたら音頭を同世代の若者に聴いてもらえるんやろうか?」と常に悩み続ける。

[独立]
1974年独立、「郷土芸術江州音頭桜川唯丸会」結成。
EP 『浪花遊侠伝/ヤンレー節 鈴木主水』自主制作。
1975年-1983年
河内音頭中心の北河内の盆踊りの中で江州音頭中心に一人気を吐く。
「寝屋川まつり」「錦糸町河内音頭大会」「十三どんとこいまつり」等
内外の大規模盆踊りに精力的に出演。
1984年
『郷土芸術江州音頭桜川唯丸会 結成10周年記念納涼盆踊り大会』開催。
本場滋賀から三代目桜川梅勇、初代桜川貴美子、二代目宗家 真鍮家文好、五代目桜川小龍、
大阪は盟友 初代河内家光司、天光軒新月を名乗る浪曲師 桜川春月、弟弟子 三代目桜川房丸、
河内音頭から『河内音頭初音家二代目宗家』初音家賢次
といった錚々たる顔ぶれの音頭取りをゲストに迎え盛大に行われた。
1985年
音頭中に火の玉が飛び交い、香港映画『霊幻道士』のキョンシーや姑娘、果ては僧侶まで登場する
演劇的にショーアップされた演出は音頭界のみならず音楽界でも注目を集める。

[東京進出]
1988年
当時、河内家菊水丸のプロデューサーだった佐原一哉と出会う。佐原をリーダーとするスピリチュアル・ユニティと従来の社中が合同で演奏を務める様になり、これを契機に俄然、音楽ファンに注目される。
1990年
上々颱風ファースト『上々颱風』「仏の顔もIt's all light」に参加。
以後、上々颱風、ネーネーズ、照屋林助、S-KEN、近藤等則&IMA等と共演。
1991年
「関西・沖縄ジャワNITES エグイナイト」 (東京グローブ座)出演。 
ドキュメンタリー『新日本探訪』(NHK)出演。
「エスケンのカメレオンナイト」ウルフルズと共演。
「ウォーマッド91・イン・横浜」スザンヌ・ヴェガ等が競演。
CD『ウランバン/桜川唯丸&スピリチュアル・ユニティ』(WAVE)リリース。
同アルバム高評価により青年時代から抱いていた「若い世代の共感」の夢が叶えられる。
1994年
「京都遷都1200年記念 ニッポン音楽の水脈」
共演 三波春夫、都はるみ、伊藤多喜雄
イベント出演の一方、地元盆踊りの櫓にも精力的に取り組む。
1995年
一身上の都合で引退を決意。 弟子の唯美智に(桜川唯丸 (二代目)を譲り、約半世紀におよんだ音頭生活に一旦終止符を打つ。

[現在]
2011年頃よりイベント司会、講座パネラーとして再び表舞台へ。「江州音頭の火をけっして絶やしてはならない」との想いを強くする。どこの集団にも属さず一人敢然と前人未到の「音頭講座」開講を決意する。従来の音頭の世界から遠く離れて音頭初心者はじめ演奏家、舞踊家、芸術家等、プロアマ問わず才能あふれる若い世代との共同作業で江州音頭の総合芸術化を夢見ている。
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by masaru0801 | 2015-06-24 17:03